時代トリップ

Gori note

■希望

目ざめたばかりの新緑が、いきいきと彩を放っている。
空は青く、お日さまがキラキラとまぶしい。
春の風を胸いっぱいに吸いこんで、
私は社会人として、一歩、踏み出した。

「未来をつくるのは君たちだ。大いに期待しているよ」

社長のことばに、さらに大きく胸が膨らんだ。

まるで空気のいっぱいつまったボールのように、
今すぐにでも飛び跳ねたい!
そんな気分だった。
ほんの一週間前までは…。

■これが噂の…

「昔はよかったな~」

新人歓迎会の二次会、古ぼけたバーにて。
少し静かになった時間の中で、
初老のカコ部長がおもむろに口を開いた。

「そうですよね。私も君らの年齢に戻りたいよ」
何人かのベテラン社員が同調した。

これが噂の「上司の昔ばなし」。

これからしばらくは私は「よくある洗礼」を浴びねばならない。
私は「興味がない」ことがバレないよう、
わざとらしく目をパチクリさせながら、
心にもない言葉を口にした。

「どうよかったのですか?」
「そりゃあ、君ぃ」
待ってましたと言わんばかりに、
おそらく45歳以上の社員たちが、いっせいに私を見た。

いよいよ「昔はよかったSHOW」のはじまりよ!

「君たちは“ゆとり”だそうだが、私たちはゆとりがなかったぞ」
「わはははは…」
中年社員たちがいっせいに笑う。
どこがおもしろいの?センスを疑うわ。

「いやぁ、常に“競争”にさらされていたからね」
「昔の日本の企業は、世界をおびやかしていたからね」
「そうそう、企業戦士なんて言われて」
「昔の日本人は優秀だった」
「みんな深夜まで働いて、朝まで飲んで、また働いて…」
「豪傑ばかりでしたね」
「今じゃ、カミさんの方が豪傑で…」
「わはは…」

…まったく、つまんないったら…。

「今は暮らしにくくなったな」
「昔はよかった。人と人が、もっとこう、信頼しあえたというか」
「今は人間関係も殺伐としているね」
「町もきれいだったな」
「自然も豊かで…」
「今は物質的には進化したけど、精神的には、あれだな…」
「そう考えると、今の若い子はかわいそうだよ」
「ああ、これから先は真っ暗闇かもしれないし」
「まあ、その頃には“おじさんたち”は引退だけどね」
「ははははは」
こうまで笑のツボが違うと、少しイラッとするわ。

■時間旅行

「実は…」

バーのマスターがタイミングよく、
かつ、おそるおそる話に割り込んできた。

「ここにタイムマシンがあるんですよ」

「タイムマシン?」
「ええ、秘密の扉ですけどね」
酔いのせいか?
と、みんなは耳を疑い、きょとんとしている。

「みなさんのお話を聞いていて…
いかがですか?
ぜひ若い人に、40年前の風景を見せてあげませんか?」

“おじさんたち”は、顔を見合わせた。

「おもしろい。ぜひ新人に、昔の“誇り高き日本”を見せてあげたい」

カコ部長が言うと、イエスマンたちはいっせいに口を開く。
「いいですね。ぜひみんなで行きましょう!」
「タイムトラベル研修ですね!」
かくして私たちは今から40年も昔の世界、
1976年にタイムスリップした。

■昔はよかった

ゴホッ、ゴホッ。

なんだろう、この空気。
空がまっ黒。
車の排気ガスや、工場の煙もまっ黒け。

やだ!また踏んじゃった。

ガムよ。
油断していると、3分に1回は踏んづけてしまう。
他にもゴミや空き缶、割れたビンなども平気で散らばっているわ。
缶ジュースのプルタブなんか、
アスファルトにめり込んで、まるで化石。

そればかりか…犬のウ○チも!
あちらこちらで片足をすりつけて歩いている人がいるけど、
あれはもしや…?

車や自転車の路上駐車もぎっしりで、
道を歩くのも大変。

騒音もうるさいし、やたらとクラクション鳴らすし。
みんなイライラしているのかな。

「これが暮らしやすい風景…?」

私の質問に、
おじさんたちは「えへへ」と反応するのがやっと。

オフィスに入ってみると…。
ゴホッ、ゴホッ。
もうもうと煙が部屋を充満している。
タバコよ。
男性社員たちはほぼみんな、
くわえタバコで仕事している。
吸いがらも、灰皿からあふれんばかり。

「かまわん!」

あちらこちらから上司らしき人の怒鳴り声。
このころは、恐怖政治が主流なの?
「そんなことしてたら、ライバル企業に負けてしまうぞ!」

あれ?怒られているのは、若き日のカコ部長?

「ものを売るためには、
広告に多少のウソや、オーバーな表現が必要だ!
お前の考えは手ぬるい。つまらん!
いちいち消費者のことを気にしてたら、
ライバルに出し抜かれるのが関の山だ!」

なんてこと言うの!
ひどい!
消費者のことを考えないなんて…。

一方的に怒鳴りつける上司に、
若きカコ部長は、ひたすら小さくなるのみ。
そこに上司がたたみかけた。

「まったく近ごろの若いもんは…昔はよかった」


【解説:自戒の念をこめて】

あるある…ですね(笑)。

「昔はよかった」とか「今の若いものは」って、
一説によると古代エジプトの時代や、
プラトンの時代から言われてたようです。
ホントかな(?)

ボクなんかからしたら、
今の若者の方が優秀だな、
と思うことも、多々あります(笑)。

さて…。

過去って、取り戻せない。
取り戻せないからこそ、記憶の中で美化される。
「逃した魚は大きい」というように。

逆に未来については「創っていける」から、
ある意味「責任」が生じる。
責任があるからこそ、辛口になってしまう。

でもほんとうは、
少しずつ、少しずつ、
みんなの力で「今」は良くなっている。

だからきっと、未来は良くなるはず。
…と、ボクは思ってるんですけどね…。

空は青いし、水はおいしい。
街もオフィスも、ずいぶんきれいになってきて、
そんなに悪くないですよね、今って。

時代が良くなっているのは、
「政治の力」もありますが、
「みんなの力」が大きいと思います。

今は「企業の価値観優先」の倫理から、
「社会的評価優先」のマーケティングに変化してきています。
消費者主体の世の中になってるんですね。

広告デザインなんて、面白いですよ。

大正や昭和初期のものなんて、
「これを買いなさい!」とずいぶん高圧的なものがいっぱい(笑)。

戦後から経済成長期にかけては、
消費者どうしの競争心をあおって、
購買意欲を刺激するものが多く。

低成長期になると、
「とにかく目立て!話題にのせろ!」的なものに。

今、広告デザインに求められているのは、
「消費をあおる」ようなものではなく、
「社会にメッセージを発する」ことかもしれません。

社会を良くしていく姿勢、
つまり「ものを売るためのマーケティング」的な発想から、
社会との関係をつくる「ブランディング的」なものへ、
考え方をシフトすることが求められているように思います。

(完)

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