マルクロ

Gori note

■まるい黒

そこに「丸い黒」があると気づいたのは、
おそらく私だけであろう。
昔からずっとそこにあるのに、
誰一人気づかずに、ただただ通り過ぎていく。

それは植物なのか、無機物なのか。
立体なのか、平面なのか。
堅いのか、やわらかいのか。
見ただけでは、まったく分からない。

でも、そこに、ある。

微妙な言い回しだけど「黒い丸」ではない。
あくまでも「丸い黒」、そのくらいの存在感なのだ。

これを仮に「マルクロ」と呼ぶことにしよう。

もの静かでじっとたたずんでいるようだけど、
これが面白いことに、昔はそうじゃなかったそうだ。
他の何より目立ちたい。
…そんな欲深さが招いた今の姿なんだそうだ。
代々この地を守る、神主さんのお話によると…。

■神のお達し。

昔々、神代の時代のお話。

「ここに集まった草木の精霊たちよ。
これからこの地を楽園にするために、皆に草木を創造してもらいたい。
姿カタチ、色、香り…それぞれが自由に決めるがよい。」

神からのお達し。
そこに集まった“草木の精霊たち”は、
思い思いに世界中に散らばった。

マルクロも、そのうちの一人だった。
「さて…どんな感じの草木を創ろうか。」
人一倍、いや精霊一倍に意欲的だったマルクロは、
自分の“草木”を創造する前に、
他の木々の創造を視察した。

まずはじめにお目にかかったのは、大きな傘のような樹木だ。
「なんでそんな形をつくったの?」
マルクロは、傘の木の精霊にたずねた。
「こうやって大きく枝葉を広げることで、
暑い日ざしが苦手なちいさな草花や、
生きものたちが集まってくるんだよ。」
「なるほど、みんなが集まり、幸せになる木か。それはいい。」

次に目にしたものは、
背が高く。針のようにとがった、鋭い木。
さっきの木が傘を広げた形なら、この木は閉じたような形だ。
「なんでそんなとがった形にしたの?」
「広げた形だと、雪の重みや風の力に耐えかねて、
ポキリと折れちゃうからね。
このあたりの雪や風は、とても強いから。
形は地味だけど、その代わりめちゃくちゃ強い木なんだぜ。」
「強い木か。それもいいな。」

次に会ったのは、とても賑やかな木。
体いっぱいにまっ赤な花々が咲き乱れ、
秋にはこれまたかわいい果実ができるそうだ。
「一口でいえば“誘惑”よ。」
鮮やかな木の精霊は言った。
「虫や動物たちを、色と香りで誘うのよ。
どうぞ甘い蜜を吸ってください。
どうぞ甘い果実を食べてください。
でもね、そうすることで生きものが子孫を運んでくれるの。
いろんな所でこの木が育つのよ。」
「なるほど、ただの色じかけだと思ったら、
そんなしくみまでしっかり考えてるんだな。それもいいな。」

ほかにもいろいろ見た。
秋になるとまっ赤に染まる木。
ぐにゃぐにゃと自由自在に枝葉をのばす木。
強い風を受け流す、しなやかな木。
いずれの木も、工夫され、強く、美しい。

「どれもいいな。自分のはどうしようか…。」
マルクロは迷った。
「そうだ、形だけでなく色を考えてみるかな。」
そう言って、またあちらこちらへ視察に出かけた。

■まよい

「赤い花、赤い果実はいいな。
とても魅惑的な色だ。
色欲、食欲、いろんな欲をそそる。
何よりも生命感を感じるな~。」

「青い花もいいよな。
深い海のような静けさと、安らぎを感じる。
とても落ちつく色だ。」

「黄色もいいな。
明るく、エネルギーに満ちている。
一緒にいると元気をもらえそうだ。」

「白もいい。
清潔感があって、さわやか。
心があらわれるね。」

「紫…おちついて上品だ。
浮かれた感じもなく、大人びた魅力がある。」

マルクロは、迷いに迷った。
どれもこれも、うらやましい。
考えれば考えるほど、いろんなものを知れば知るほど、
あらゆることを盛り込みたくなった。

神に与えられたタイムリミットも、もうあとわずか。

「そうだ。」

こんな欲深いときに考えるアイデアは、ろくなものがない。
例外なくマルクロにも、最悪の発想が舞い降りてきた。
「すべてを取り入れ、すべてを混ぜこぜにしよう。」

■マルクロの創造

そしてマルクロの創造がはじまった。

ご想像のとおり。

いろんな形を混ぜこぜにすればするほど、
その“形”のよさが損なわれていく。
特徴となる「とんがり」が削られていき、
どんどん、どんどん、その形は「丸」に近づいていく。
ちょうど、くしゃくしゃに丸めた紙くずのように。

色もまた、そう。
色を混ぜれば混ぜるほど、
鮮やかさは損なわれ、
限りなく「黒」に近づいていく…。

「こうして“丸い黒”ができあがったのです。」
と、神主さんは言った。

マルクロははたして、特徴という特徴をすべて失い、
誰からも見向きもされずに、
植物としての種を一代で終えた。

ただ一つ、この神社だけが、
「欲深さの戒めの象徴」として、
そこに鎮座させたそうな。

【解説:自戒の念をこめて】

総花的、という言葉があります。

いろんなことを盛り込みすぎて、
めりはりなく、大切なことが何一つ見えてこないような状態をいいます。

マルクロは、まさに「総花」の象徴です。
あれも盛り込みたい、これも取り入れたい。
やたらめったら意匠を詰め込んだ末に、
結局、影も形も薄らいでいく…。
デザインをやっていると、
ふとそんなマルクロ状態になることが往々にしてあります。

形。
たとえば三角、四角は形がハッキリしているけれど、
十角、三十角…と、エッジ(角)が増えるほどに、
形はどんどん「丸」に近づいていきます。

色。
2色、3色…と、
色を混ぜれば混ぜるほど、
限りなく「黒」に近づいていきます。

「伝えたいことを3つくらいに絞る」や、
「アイコン、ロゴの形をなるべくシンプルにする」
「デザインの色数をできるかけ抑える」
「ページに情報を詰め込みすぎない」
などとよく言われるのは、そんな理由からです。

あれも伝えたい、これも伝えなきゃ…と過剰化するサービス心、
進行中に他のデザインを見て、
「こんな感じもいいな」と要素を取り入れすぎたり、
他の人の意見を反映させすぎて総花的になったり、
A案、B案、C案のよさを全て盛り込もうとしたり…。

デザインを進めていると「せっかくだから…」と、
ついつい欲が出てしまうことがあります。
そんなときは「欲深さの戒めの象徴」である、
マルクロのことを思い出してください。

(完)

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