■赤い部屋
もう、うんざり。
だって見て、わたしのお部屋。
いや、あんまり見てほしくはないんだけど…、
あなただけ特別よ。
ほら…まっ赤でしょ!
チューリップ柄の壁紙、
チューリップの妖精のぬいぐるみの山、
チューリップ模様のお布団やカーテン、
チューリップ、チューリップ…。
チューリップの百鬼夜行におおわれた、ファンシーの館。
ほんと、うんざり。
だって分かるでしょ。
わたし、もう中2よ!
こんなまっ赤なお部屋、友だちに見られたら私まで赤面よ。
なのに、今日もまた…。
「ほら、チューリップの絵が入ったマグカップを買ってきたよ。」
パパ。
決して、悪い人じゃない。
いや他人から見たら、家族想いのやさしいパパなんでしょうね。
でも、このセンス。
なんだろう…、
やさしいがゆえに、捨てにくくなるこの気もち。
「ありがとう…。」
と、わたしもまた心にもない言葉を返すのが、せいいっぱい。
わたしも大人になったものだわね。
■発端
あれは小学校のとき。
たしか「わたしの好きなもの」というテーマで、
絵を描くことになったの。学校で。
好きなもの…?
案外そう聞かれると、
なかなか適当なものが思い浮かばないものよ。
だからあの時、なんでわたしがチューリップを描いたのか、
今でもうまく説明できないわ。
ことの発端は、まちがいなくこの絵よ。
父親参観で、わたしの描いたチューリップの絵でもって、
パパと対話することになったの。
「チューリップのどういうところが好きなんだい?」
「なんでって…、かわいいから…かな…。」
当時のわたしのボキャブラリーでは、
これがせいいっぱいの答えだった。
いや先生やパパの手前上、
「優等生的なことば」をふりしぼっただけとも言える。
「そうか、お前がそんなにチューリップが好きだったとはね。
パパは知らなかったよ。」
「ええ…まあ…、好きというか…、う~ん…まあいいか…。」
今にして思うと…、
今だから言えること、なんだけど、
わたしはチューリップの、
あの凛としたたたずまいが好きだったのかもしれない。
スッと、ムダなくシンプルで、一人立ちした感じ。
でも小学生の語彙では、このことばは出てこない。
それからよ。もうご想像どおり。
「素直でやさしいパパ」らしさがいかんなく発揮され、
「私らしくない」かわいらしいメルヘンなチューリップちゃんだらけ。
もう、ほんとうんざり。
■反抗
今日は言ってやろう。
そう心に決めた。
そうでなきゃわたしもうんざりだけど、
パパの財布も大変でしょ。
そう、これが私流のやさしさよ。
「パパ、もうチューリップはいらないわ。」
「なんで?あんなに好きなのに。ははあ、さては遠慮してるな?」
何と前向きなバカでしょう!
「もうチューリップは大嫌いなの!見てるだけで寒気がするわ!」
「おいおい、チューリップが好きと言ったのはお前だぞ。」
パパはすぐに「言葉の断片」だけで決めつけてしまう。
「そんなに好きじゃなかったわ。あのときも。」
「え?どういうこと?お前まさか…反抗期か?」
大人って、何でもよくものを知ってるけど、
大人って、何にもわかっていないの。
そしていつも挙げ句の果てに、こう言うのよ。
「近ごろの若いやつは、何を考えてるか分からんよ。」
分からないのじゃなくて、
分かったつもりで、
分かろうとしないのよ。
大人って。
■Tattoo
話ても分からないようなので、わたしも強硬手段にでた。
たぶん…パパに「子離れ」が必要なのよ。そう思う。
だから今日は、わたしも少し大人になるの。
Tattooよ。
友だちにもらったTattooのシール。
黒いドクロに剣が刺さり、とげとげしたバラが巻いてる絵柄よ。
もちろん、すぐに剥がせるやつだけどね。
でも夏休みだし、
私もちょっと別の世界をのぞいてみたい、とも思ったんだ。
ノースリーブのシャツから露出した二の腕に、
Tattooをぺたりと貼った。
そして運悪く…、
いや、運よくパパにそれが見つかった。
目をまんまるにしたパパ。
「お前…。」
大丈夫。これおもちゃだから、すぐ剥がせるのよ。
…と言えばよかったのに、
親離れ、子離れという大前提と、
何よりもTattooがわたしを「クール」にしたこともあって、
わたしはパパをガン無視して外出した。
それから、しばらくパパは落ち込んだようだ。
反抗期、親子げんか、Tattoo…。
わたしにかける声すら見つからなかったみたい。
ちょっと薬が効きすぎたかな…?
でも時間がたてばたつほど、
私からも声をかけにくくなっていた。
毎夜毎夜、わたしが寝入るタイミングで、
パパとママのひそひそ話が聞こえてくる。
何を話してるんだろう?
ある朝、パパは吹っ切れたように元気よく会社に出かけた。
何かが分かったみたい。
よかった…。
■次の展開
「ただいま~!」
その夜、パパが明るく元気に帰宅した。
わだかまりの解けたわたしも、
できるだけ元気に迎えた。
でも、その両手いっぱいに抱えた荷物を見て、
わたしは言葉を失った。
山ほどのバラ・グッズ…。
そりゃあ、Tattooにバラの絵が入ってたけど…。
【解説:自戒の念をこめて】
「こんな感じ」を、なかなかうまく伝えることができない。
なんてこと、よくありませんか?
世の中の森羅万象、
「ことば」や「意味」が割り当てられたものは、
ごくごくわずかなのかもしれません。
このものがたりは、まさにそんなトラップでできています。
主人公は、決して「チューリップ」が好きなのではなく、
チューリップのもつ…こう…なんというか…
たたずまいみたいな…
そんなものが好きだったりしたのですが、
パパは額面どおりに「チューリップが好き」と受け止めましたね。
しかも「自分の娘=かわいい=ファンシー」という、
かってなイメージ解釈もつけて。
いろんな言葉を重ねて表現しようとしても、
たった一つの言葉が「分かりやすい」だけに、
その言葉の意味がすべてを支配してしまうこと。
これをボクは「解像度の高い言葉」と言ってます。
ものがたりの場合は、
まさに「チューリップ」がそれにあたります。
ちょっと警戒すべきは、
これらの言葉が「決めつけ」を生み、
いろんな可能性を消してしまうことです。
たとえば企画・デザインで情報収集するとき、
昨今のトレンドを調べたら、
ふと「オリンピック」というキーワードが浮かんだとします。
これが、くせもの。
めちゃくちゃ解像度の高い言葉です。
もう、脳みそが「分かりやすい言葉」に引っ張られ、
今まで考えてきたことや、
これからヒントになりそうなことがらも、
すべてを塗り替えてしまいます。
たしかによくあることなんですが…。
デザインの取材などでこれをやってしまうと、
「わかったつもり」で、ステレオタイプな表現になってしまう。
商品企画でこれをやってしまうと、
「分かりやすい」分、他社も同じようなことを考え、
結局「ありきたりな商品」を誕生させてしまう。
対話や会議でこれをやってしまうと、
「理解したつもり」になって、
本質まで踏み込まず、表層だけですぐに結論づけてしまう。
そう、ちょうどチューリップ・パパのように。
もちろん「解像度の高い言葉」は、
デザインイメージや、商品企画、マーケティング、対話のヒントになります。
ただイメージがパキッとしやすい分、
この言葉が思考停止をいざなうことも、よくあることです。
イメージ写真の扱いなんかも、
そんな意味で要注意ですね。
ちょっと「キーワード」に流されそうになったとき、
「むむ、出たな!解像度の高いことば!」と、
もっと深掘りしたり、
あえて思考のジャングルに飛び込んだり、
別角度の視点で考えてみたいものです。
「本質的なおもしろそうなこと」が見つかるかもしれません。
(完)
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