ホトケ作って魂入れず

Gori note

■軌跡の男

まさか!
ボクは、わが目をうたがった。
だってそうだろ?
30万分の1の確率なんだって。

一体、どういう基準でボクが選ばれたんだろう。
まさか、目をつぶって「コレ」と指さしたとか?

ただひとつ、確実に言えることは、
今日、今、この瞬間から、
ボクが「ジェットマン」として生きていくことだ。

信じられるかい?
さっきまで平凡に暮らしていた、ごく普通の23歳の男が、
今から「正義のヒーロー」になるんだぜ。

「ヒーロー募集」。

なんてバカげた求人広告なんだ?
でも、面白そうじゃないか。
どうせ職もない、ヒマな人生。
ダメもとで、いっちょ応募してみるか。

そんな軽い気持ちだった。
もちろん正義の心なんてものは、
凡人程度にしか持ちあわせていない。

そんなボクが採用されたもんだから、
とうぜん「使命感で胸が熱くなる」なんてことはなく、
なかば困惑と、後悔の気もち、
あるいは恐怖心ばかりがふつふつと湧き、
まったくもって「内なる想い」とやらがみなぎってこない。
やや後ろめたい心持ちで、研修を受けることになる。

ヒーロー研修だ。

「正義感」や「使命感」が養われるのだろうか?
それとも「死をも恐れぬ勇者の心」か。
もしかしたら、どこかの国のような「悪を憎む心」か。

ボクはちょっぴり震えだした。
もちろん、武者震いなんてものじゃない。
ただただ、怖かったんだ。

目の前に用意された、流線型の、鋭くかっこいい仮面。
モビルスーツの胸に輝く「J」のマーク。
鮮やかに存在感を誇示するような、赤いマント。

それは少し前に間近で目にした、
自衛隊の戦車の、鈍く重たい輝きに共通するもの。
ボクは「正義」という名の、
小さな小さな戦争に巻き込まれると実感したんだ。

■ジェットマン、誕生!

戦々恐々とするボクに、
ジェットマン・スーツへの着替えを命じられる。
コスチュームというのは、まったく不思議だ。
さっきまでワナワナふるえていたボクが、
いちばん最後に、マントをぎゅっと結んだ瞬間…。

なんだろう、この気もち。

ふつふつと湧いてくるもの。
ボクがやらねば、誰がやる!
ボクがいる限り、この世に悪は栄えない!
平和を守るために、闘う!
…そんな気もちになる。

ボクがボクに憧れる瞬間、
そんなことって、あるんだな。

とにもかくにも、ジェットマンは今、ここに誕生したのだ。
いよいよ研修に入る。
ドキドキと高鳴る鼓動は、
もともとあった恐怖心からなのか、
それとも荒ぶる胸の奥のエネルギーからなのか。

しかし研修が進むごとに、
ボクはやや拍子抜けすることになる。
ちょっと大げさに考えすぎたのかもしれない。

ほぼほぼ半日で完結した研修は、
ジェットマンの決めゼリフ、
「ジェーーット!悪は必ず滅びるものぞ!」と、
かっこいい決めポーズの練習に終始した。
モビルスーツや仮面の使いかたは宿題として、
取扱説明書にゆだねられた。

■ヒーローとして

フラッシュライトがバチバチと眩しかった。
でも、モビルスーツの下は、鳥肌がたっていた。
仮面の下は、涙目になっていたかもしれない。

練習を重ねた「決めポーズ」が、
記者たちの目を、釘づけにした。
ボクがもっとも心がふるえたのは、
「ジェーーット!悪は必ず滅びるものぞ!」と、
渾身の力で声をはりあげた瞬間だ。

ジェットマン、参上!
今日はその、プレス発表の日だ。
いよいよお披露目である。

まずプロジェクト・リーダーから、
コンセプトとやらが説明された。
どうやらジェットマンの由来には、
「ジェット」のパワーと、「ジェントルマン」の意味も含むらしい。
胸に輝く「J」のマークには、
ジャパンの意味もあるんだって。
へ~っ…。

つづいて開発者からの説明。
仮面には未来のテクノロジーが凝縮され、
超小型電子頭脳が搭載されているし、
ジェットスコープ(目の部分)には、
暗闇も見通せる能力はもちろん、
目にしたものを24時間、記録できるそうだ。

つづいてプロデューサーから。
ジェットマンには、どこそこかしこのスポンサーがついて、
年間これくらいの経済効果があるとか、ないとか。
さすがにこのあたりの話になると、
ボクにはさっぱりちんぷんかんぷん、
もはや他人事で、仮面の下であくびをかみ殺すのに必死だった。

■ジェットマンの日常

プレス発表で華々しくデビューはしたが、
ボクはそう忙しくならなかった。
やっぱり日本は平和ってことなのか?

一度だけ、ドロボーを追ったことがある。
袋小路に追いつめて、正義の鉄拳をお見舞いしようとしたとき、
まわりの人たちにいっせいに止められた。
なんでも日本は法治国家で、
悪をさばくのは法律であり、裁判であるそうだ。

たった一度、拍手喝采をあびたことはある。
子猫ちゃんが木の上で立ち往生しているのを救ったときだ。

こんなことでいいのだろうか?
ボクはいろんな人に意見を求めた。
プロジェクト・リーダーも、開発者も、プロデューサーも、
ボクの存在意義について
「なるほど」という回答ができる人は、一人もいなかった。

信じられるかい?
こんな巨額な開発費を使いながら、
ジェットマンの必要性を、誰も語れないんだぜ。

ボクは、このままでは失業だ。
前職がヒーローだったなんて、転職するにも先が思いやられる。
そうた。
その手があったか!

それからボクは、
「ジェットの力」を駆使して、
悪の組織をつくることにしたのだ。

(完)

【解説:自戒の念をこめて】

いうまでもありませんが、これは架空のお話です。
でも、これとよく似た「現実」はあります。

ホトケ作って、魂入れず、と申しましょうか。
対外的なPRについては力を入れ、
派手に、魅力的に演出はするものの、
一方で、
対内的、つまり社員、スタッフ、住民などへのPR、
「何のために私たちはがんばっているのか」
「あるべき姿はどうなのか」
「私たちの喜び、顧客の喜び、社会の喜びとは?」
といった理念やメッセージの浸透が
おろそかになっているケースが後を絶ちません。

あまり安易に使いたくはない言葉ですが、
ブラック企業なんてのも、その結果の一つといえましょう。

ジェットマンの場合も、
技術力や経済性、コンセプトのPRは派手だったけど、
ジェットマンの存在意義については誰一人語れず、
ブラック化してしまいましたね(笑)。

ちょっぴり苦言ですが…

今回の2020年東京オリンピックも、
諸々の問題が直接的な引き金にはなっていますが、
国民の不満、不信を鬱積させ、
爆発させることにつながったのも、
同じようなことが原因ではないでしょうか。

つまり、
そもそも対外的な、招致PRなどは盛んだったけれども、
何のための、誰のためのオリンピックなのか、
国内に向けての「意義・理念浸透」が、
後手後手になっていたように感じざるを得ません。

「東京のためのオリンピック」
「商業価値としてのオリンピック」としか、
国民の目にうつらないことで求心力を失い、
辟易としてしまっているのかもしれません。

■インナー・ブランディング

一般にブランディングというと、
対外的なPR活動のように思いがちですが、
昨今は、内部スタッフの「働きがい」を支えるための
「インナー・ブランディング」が重要度を増しています。

さて、デザインのお話。
ボクはこれからの時代、企業のコミュニケーションデザインにも、
対外的にどう見せていくか以前に、
そのミッションや理念を、内部にどう浸透させるかが、
見過ごすことのできない要素になると予想します。

アトリエ・カプリスの提唱する「チームメイド・デザイン」は、
デザイン・プロセス、つまり、
対外的なメッセージを組み立てる段階に、
社員、スタッフを巻き込むことで、理念浸透をはかる。
…つまり、対外ブランディングと、
インナー・ブランディングを同時に構築するものです。

理念やメッセージを「肚におとす」。
この、当たり前の行為が、
これからのデザインに必要になってくるのかもしれませんね、

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