かみの恋

Gori note

■ひとめ惚れ

「彼女」とはじめて目が合ったとき、
ボクの体にバチバチと電気がはしった。

電光石火。
一目惚れ。

もう、まさに一瞬で彼女のトリコとなった。

これは運命だ。きっとそうに違いない。

どちらかというと奥手なボクには珍しく、
千載一遇のチャンスを逃してなるものかと、
何のためらいもなく、手を出した。

これがボクと「彼女」の出会いだ。

あ、彼女を紹介しておくよ。
カミノエミちゃんだ。
まさにボクにとっては「神の笑み」だ。
彼女は、いついかなるときも、ずっとボクに微笑んでくれる。

あ、笑ったな?
今、笑っただろ。

バカにしないでくれ。
ボクは本気なんだ。
たとえそれがグラビア雑誌のキリヌキだとしても…。

そのとおり。
ボクはグラビアの少女、
つまり「紙」に恋しちゃったんだ。

その日ボクは、まんがを買いに古本屋さんに入ったんだけど、
積み重なった本と埃の奥から、ボクを呼ぶ声が聞こえた。
…ような気がしたんだ。

たぶんもう30年くらい昔の雑誌だろうか。
少し色あせたグラビアのページに、「彼女」はいた。

古本だから貴重な一冊だ。
次にまた会えるとは限らない。
予定変更。
まんがをやめ、「彼女」を連れてまっすぐにレジに向かった。

■同棲生活

その日から「彼女」との暮らしがはじまった。
いわゆる同棲生活だ。

ボクの部屋には、
世界のサッカー選手のポスターをいっぱい貼っている。
いわゆるごくふつうの男子中学生の部屋だ。

その中でも特大のメッシ選手のポスターの裏に、「彼女」は隠れている。

学校から帰ると、いつもボクはメッシをめくり、
笑顔の「彼女」に話しかけるんだ。

学校の先生に怒られたこと。
転校生の話。
友だちがエッチなこと考えて鼻血が出たこと。

どんな他愛のない話でも、何時間でも、
彼女は微笑みながら、ボクの話を聞いてくれる。

そして…あたりまえだけど…
彼女は決してボクを傷つけるようなことは言わない。
なんだろう、この包み込まれるような気もち。
「紙だけに…」か?
ボクは彼女になら、何でも話せるんだ。

でもいつだったろうか?
彼女とついつい長話で盛り上がったとき、
「お友だちが来てるの?」
と、急にドアが開いた。

ママだ。やべぇ。

こんなとき、サッとメッシが彼女を隠してくれる。
「何でもないよ、あっち行ってよ!」

中2の男子にとって、
誰が好きだだの、そんな話はこっぱずかしい。
だからついつい、ママにもイヤな言い方をしてしまうんだ。

そんなこともあってか、
あるいは「彼女」がボクの話を聞いてくるからなのか、
ボクとママのお話がすっかり減ってしまった。

ちょっとママも心配してるようだけど、
まさか「紙」に恋しちゃったなんて、言えないよね。
ママのこと、嫌いになったわけじゃないんだ。
悲しまないでほしい。

■秘密基地

来る日も来る日も「彼女」との楽しい時間。
どんなに学校でイヤなことがあっても、
「彼女」は、ボクを癒してくれる。

できるだけ「彼女」といっしょの時間が欲しい。
と、ボクはついに「彼女」を外に連れ出すことを決めた。

「カミノエミ」ちゃんだ。

一瞬、時が止まった。
次に友だち3人が、お互いに顔を見合わせた。
そして、堰を切ったように、みんないっせいに笑い転げた。

川原に建つボロボロの小屋が、
ボクたちの秘密基地。

ここでときどき4人で「ヒミツ会議」をするのだが、
今回の議題が「ボクたちの恋愛事情」だ。
このタイミングで、ついにボクはカミングアウトした。

予想どおりの反応だった。
でも、やっぱりショックだった。
みんなの笑い転げようったら。

「わ、伝説の聖子ちゃんカットだ」
「30年前って、今はもうおばさんだぜ」
「カミノエミなんて聞いたこともないよ」
「グラビアに出たけど、ちっとも売れずに田舎に帰ったんだよ、きっと」
「禁断の愛だな」
「お前、写真にキッスしてるだろう」
「俺たちを紹介して、彼女は何て言ってるんだい?」

こいつらに話すんじゃなかった。
こんなにステキな彼女を、何でそんなに笑うんだ?
それでも絶やさず笑顔を振りまく「彼女」に、なぜか涙があふれてきた。

「別れなよ」

ふいに誰かが言った。
「お前、生身の人間を愛せなくなるぜ。
アイドルなんてのは、お前が都合よく頭の中で“いい人”に育てたもんなんだ。
生身の人間は、お前の都合よくはいかない。
そりゃいやなことも言うし、ブスっともする。
お前はそれに耐えきれなくなるぜ」

彼の結論に、ボク以外、満場一致。
かくして「彼女」は、この小屋に幽閉されることになった。

■嵐の夜

「彼女」と隔離されて3日目の夜。
外はひどい雨。
「会えない」って、こんなに胸がしめつけられるものなのか。

会いたい…。
このままじゃ、頭がおかしくなりそうだ。

パパが帰ってきた。
「いやあ、ひどい雨だ。川が増水して、洪水寸前だよ」

増水?洪水?

真っ先に川原の秘密基地のことが頭をよぎった。
やばい!「彼女」が流される。

ボクはあわてて、傘もささずに川原に走った。
だめだ、鍵が開かない。
窓ガラスを破って、小屋に侵入した。

「エミちゃん!」

ボクは「彼女」を見つけ、ギュッと抱きしめた。
雨漏りのせいで、「彼女」の顔は、ひどくゆがんでいた。
それでもボクを見て、微笑んでくれている。
ずぶ濡れで、紙の繊維が引き裂かれていく。

「エミちゃん、死なないで!」

また涙が出てきた。

その時だ。

ついに川が氾濫して、小屋にどっと水が押し寄せた。
ボクは色あせていく彼女をギュッと抱きしめたまま、
押し寄せてくる水に、体をこわばらせた。

息ができない。
薄れゆく記憶。
ゴボゴボという音。
そして…ついに…。

夢か?幻か?

水でふやけたエミちゃんが、
ボクに手招きしている。
こっちこっち。
そして初めてボクの名を呼んでくれた。

「コーヘイ、コーヘイ…」

パッと目がさめた。
ボクの目の前に、本物のエミちゃんがいた。

「エミちゃん!」

「よかった、意識が戻ったわ」

エミちゃんの姿がオーバーラップして、
幻想はやがて、現実のママの顔に変わっていた。

ママ…。
ママ、
もしかして、ママが?

ママはホッと安心した顔で、涙を浮かべながら言った。

「それにしてもビックリしたわ。
昔のワタシの芸名を呼ぶなんて。
あなたにはずっと隠してたのに…。」

【解説:自戒の念をこめて】

ボクたちは、ものごとを「イメージ」で見ています。

目玉のくりくりしたフクロウ。
羽毛のふわふわした姿を重ね見ても、まるで猫のように愛くるしい姿です。

片や、気持ち悪いヘビ。
小ネズミをパクリと飲み込んでしまいます。
なかなか残虐なやつですね。

でも考えてみると、
フクロウも同じように小ネズミを食べてしまいます。
残酷という見方をすれば、フクロウもヘビもまったく同じ。
でもフクロウはかわいい。ヘビは恐ろしい。
この差って、いったい何でしょうかね?

ボクたちは、ものごとを「イメージ」で見ています。
ほんとうの意味なんて、どうでもいい。
ついつい、イメージが勝ってしまうんですね。

試しに、小ネズミを食べるとき、セリフをつけてみてください。
きっと安直なアニメだったら、
フクロウは「お米を食い荒らすネズミを退治する」となり、
ヘビなら「しめしめ、うまそうだな〜、じゅるっ」
なんてふうになりがちですね(笑)。

ボクたちは、はじめに感じた気もち
(フクロウはかわいい、ヘビは気持ち悪い)から、
なかなか離れられず、そのあとどんなことがあっても、
自分に都合よく解釈していきます。

ものがたりの主人公、コーヘイ君は、
古本屋で見つけたグラビアの少女に、一目惚れしてしまいます。

そこからは完全に自分の心の中で
「彼女」のイメージを作り上げていきます。

もちろん「彼女」のことをもっと知りたい。
だからいろんな情報を探してみたりもしたでしょう。

でもね、人間って面白い生き物で、
自分に都合のよい情報は受け入れるけど、
都合の悪いものは無視しちゃうんです。

言い方を変えると、
「知りたい」のではなく「納得したい」、
もしくは自分の感じたことに確証がほしいんですね。
これを心理学では「確証バイアス」って言うそうです。

コーヘイ君も、
もはや周りの友だちが何を言っても受け付けません。
事実なんてどうでもいい。
とにかく「自分の描いてるイメージ」が
正しいと思わせてくれることしか認めたくはありません。
人間って、そんなクセがあるそうです。

逆もまたしかり。
はじめに「この人、きらい」と思うと、
あとでどんなに弁明してもイヤな所しか目につかなくなる。

ボクたちは、ものごとをちゃんと見ているようで、
「イメージ」でしか見ていない。
だから「第一印象」って、とても大切ですね。

人だけじゃなく「もの」でも同じ。
食べものでも見た目が悪ければおいしく感じないし、
持ちものでもそれがステキなデザインだと、
愛着を持つことができます。

第一印象にいちばん大きくかかわるのが「デザイン」です。

人ってやっぱり「イメージ」でものごとを見るクセがありますから、
なんだかんだいっても「見た目」は大事。

まず「良いイメージを抱いてもらう」ことから始めないと、
あとあと、いくらちゃんとしたことを言っても、
なかなか伝わりませんからね。

(完)

コメント