正義と尾ヒレ

Gori note

■小さな探検隊

「だめじゃない、そんな危ない所に子どもだけで行くなんて」
「でも、おじさんがいるから大丈夫だよ」
「ダメ。森の中で一人で住んでいるだなんて、きっと変質者に決まってるわ」

後から考えてみると、 このママの一言が、そもそものことの発端だったかもしれない。

ある日ボクたちは、近くの森の中を探検した。
し~っ。内緒だぜ。
学校からは禁じられているんだから。
でも行くなと言われるほど、行きたくなるのが子どもゴコロだ。
分かるかな~。

森に入って20分もすれば、
なぜ大人たちがとがめるのか、分かった気がした。
真っ昼間なのに、どんどん薄暗くなっていく。
正直いうと、ひざががくがくふるえていたんだ。
もう怖いのなんのって。
一人だったら、すぐに引き返していただろう、きっと。
一緒に行ったポンタもユータンも同じ気持ちだったにちがいない。
だれかが「引き返そう」と言ってくれれば助かるんだけど、
でもそうもいかないのが子どもの世界。
「ボクは臆病者だ」と認めるようなものだからね。

それから何分ほど歩いただろうか。
ますます森を包む霧が深くなり、
目の前がまっ白になってきたとき、
ふいにカサッと、物音が聞こえた気がした。

「今、何か聞こえなかった?」
「ま…まさか…」
「もしかして…熊?」
もはや誰が何を言ったのか覚えていないけど、
白いむこうでカサカサと音がするたびに、妄想だけが膨らんでいく。

ちょっと目まいがしそうになった。
頭の中をいろんなもののけや、ケダモノが渦巻くんだ。

これも勇気。
隊長のボクが「もう帰ろう」と言おうとした、その時!
目の前に、大男が現れた。
「ギャ~っ!」

■森のおじさん

おじさんはサブローと名乗っていた。
どうやら森の中で、一人で暮らしているらしい。
いや正確にいえば、白い老犬といっしょに。
なんの仕事をしているのかはよく分からないけど、
森の中の恵みを食べて、なに不自由なく暮らしているらしい。
ヒゲもげらで、
笑うと、抜けた前歯のすきまが、妙におかしい。

サブローおじさんは、ボクたちにいろんなことを教えてくれた。
食べられる草木を、カマで採ってくれたり、
毒キノコの見分け方を教えてくれたり、
ナイフでおもちゃを作ってくれたり、
さすがに「食べられる虫」には、ボクらもギョッとなったけどね。
でも、ゲームしか遊び方を知らないボクらにとっては、
何もかもが新鮮だった。
森の中にこそ、ワクワクするゲームがあるじゃないか…ってね。

それからボクらは、
何度も何度も、森に足を運んだ。
そのたびにいっつも日が暮れるまで、
やさしくモノ知りのサブローさんと一緒に過ごしたんだ。

■正義と尾ヒレ

ある日のことだ。
ボクたちが森に入っていく様子を、
クラスの優等生、ユカリが見ていたらしい。
こうなると、「問題」に発展するのは、あっという間。
告げ口だ。
ほんとにイヤなやつ。
ボクらは先生に呼び出され、厳重注意をくらい、
親にももちろん報告された。

それからが、冒頭の会話だ。
サブローおじさんのことを「変質者」と呼ぶ。
大人って、いつもそうだ。
自分が理解に苦しむ人のことを、
まるで異星人のように扱う。
でも親のいうことが正しいのも分かる。ような気がする。
ただ大人のアタマって本当にカタくて、
いちど「変質者」のレッテルを貼ると、
もはや何を言っても悪く受け取ってしまうんだ。

そんなこともあって、
ポンタの親、ユータンの親、合わせて3家族で話すことになった。

ポンタの親はいう。
「なんでも薄暗い霧の中から、
クマのような毛むくじゃらの大男が出てきたそうじゃないの。
しかも犬まで引き連れて。
どんなに子どもたちが怖かったことか」
…そうか、ポンタはボク以上に森の中を恐れていたんだな。
ボクらの妄想がそのまま親に伝わってる。

ユータンにいたっては、どんな伝え方をしたんだろうか?
「その男は、カマやナイフを持って、
ガタガタの歯でニヤリと笑うそうじゃない。
森の虫をむさぼり食うんですって。おぞましいわ。
しかも毒キノコの知識も豊富っていうのよ」
まったく…なぜそんなふうに受け取るのか、理解できないよ。

それから数日たった。
「教育」ってのは、ある意味おそろしい。
森の中へ子どもが行くのを禁じるために、
「森の中に妖怪サブローがいる」というのを、
親たちが口をそろえて言いはじめた。
きっとそれが好都合なんだろう。

それからが大変だ。
話にどんどん尾ヒレがついて、どんどん膨らんでいく。
そして、方々に拡がっていく。

「身長5メートルの大男、サブロー」
「全身が毛で覆われた化け物が、子どもを襲う」
「キバを生やしたもののけ出没」
「毒をもって、ナイフでひと刺し」
「カマでバラバラにされるらしい」
「狂犬をけしかけるそうだ」
「森中の昆虫を食べあさっているんだって」…など。

■決戦のとき

そしてついに、大人たちは決断した。
子どもたちを守るため、現地の消防団や猟師とともに、
「サブロー狩り」がいっせいに開始されたんだ。

どうなるの?サブローさん。
あんなにやさしいサブローさんが、みんなに殺されるかもしれない。
ああ神様!
サブローさんを助けてください。
サブローさんが無事でありますように!

どのくらい時間がたっただろうか?
時が進むほどに、ボクの胸はしめつけられるようだ。
不意に、玄関の音が聞こえた。
親が帰ってきたのだ。

「どうだった?」
「それが…どうやら取り逃がしたらしい。
いや、恐れをなして逃げたか?ははは」

ボクはホッとした。
どうやらサブローさんは殺されなかったようだ。
でも同時に、寂しくもなってきた。
サブローさんは、どこに行ったんだろう?
もう会えなくなるのかな。

そう思うと、いたたまれない気持ちになり、
ボクらはまた翌日、親の目をかいくぐって、もう一度森の中に入った。

霧の中。
ボクらは歩きながら、なぜか涙が出てきた。
サブローさんの無念を思ってか。
それともボクらの下手な説明が招いた事態が悔しかったのか。
サブローさんの住みかが近づくほどに、
涙がぽろぽろ止まらなくなる。

そして…。

「やあ、久しぶりだね!」
サブローさんの声を聞いたとたん、ひざが崩れて、
涙が止めどもなく溢れてきた。

「サブローさん、無事だったんだね」
「え?何かあったのかい?」
「大人がちがたくさん押し寄せて来なかった?」
「ああ、そういえば昨日来たね。
“身長5メートルの毛むくじゃらの妖怪を知らないか?”
と聞かれて、失礼ながら笑ってしまったよ。
だって、そんなの居るわけがないじゃないか」

そこには大人たちの妄想が育てたモンスターと、
全く別人の、“いつもの”サブローさんの姿があった。
もちろん、前歯の一本抜けた笑顔で。

【解説:自戒の念をこめて】

ここには、誰も悪い人は登場しません。
まあ、学校の規則を破った子どもたちはいけませんが。。。
もちろん、話に尾ヒレをつけて広げた親たちも、
決して悪ではありません。
子どもを守りたいという、「正義」の一心なのですから。

でも、この「正義」ってのがやっかいです。
これに「教育」が加われば、なおやっかい。
とにかく子どもたちを説得するために、
「正義でないもの」を徹底的に否定してしまうものですから。

またさらに「クチコミ」や「うわさ話」に発展すると、
「話をより面白く」という気持ちが働いて、
ずんずん尾ヒレがついてきます。

とくに人はいったん否定的な気持ちになると、
いくら2時間しゃべったとしても、
「否定的な気持ちを証明するキーワード」しか拾ってくれません。
それらをつなぐと、
意図とはまったく異なる、
ヒドい言葉になっちゃうこともあります。

うわさ話もニュースでさえも、
誰かが誰かの視点や価値観で、
都合の悪い部分を切り取られた情報かもしれませんね。

ボクらもいろんな国の、
いろんなヒドい話を聞くこともありますが、
そこに「正義」というキーワードが内在したとき、
ちょっと疑いの目を向けてみるといいかもしれません。

…これがなかなか難しいですけどね(笑)。

(完)

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