「不」のない世界。

Gori note

■或る日常

いやだ、いやだ。 ああ、いやだ。
まったくもって、日常にうんざりする。

不平、不満、不安、不快…。
おおよそ「不」のつくものはすべて、
オレの周りにあふれかえっているんじゃなかろうか。

…そんなふうに考えているの、 どうやらオレだけじゃなさそうだ。

朝の通勤時間に、道ゆく人々の顔をうかがってみると…

むしゃくしゃしていそうな人。
苦虫をかみつぶしたような表情の人。
しんきくさい顔をした人。
魂の抜けがらのような人。
重々しい倦怠感が、社会全体を飲みこんでいる。

ほどなくして、出勤。
オレの仕事は「ビルのお医者さん」。
なんだ、この仕事。
ホンモノのお医者さんなら、やり甲斐もあるだろうに。
建物設備の不調や、構造上の欠陥・傷みを見つけ、手当てする。

誰かに直接よろこんでもらえるでもなく、
それでも粛々と、陰に隠れて仕事をこなす。
ちんたらちんたら仕事をしていると、 またもボスにどやされる。

…わかってるよ。
でも自慢じゃないが、オレにはやる気のかけらも、
これっぽっちもないんだぜ。まったく。

そうこうして、風に吹かれながら帰路につく。
見るでもなく、ニュース・ショー。
やれ、だれかが賄賂で捕まったとか、
やれ、痴話げんかだとか。
人の欲望って、いったい…。

争いやいざこざは、欲望と欲望のぶつかり合いでおきる。
ああ、いやだ、いやだ。

もしも可能であれば、こんな国、一刻もはやく抜け出したい。
さよなら、欲望におかされた国よ。
さよなら、ストレスに満ちた世界よ。

■ニッコリ王国

そんなワケあって、オレは今「理想郷」にきている。
酒場で会った、謎の男に紹介された「ニッコリ国」。

ここは、いい。

みんな笑顔であふれている。
不平も、不満も、あらゆる「不」がない。
そもそも人々に「欲望」がない。

町並みが美しい。
スキッと統一された建物群には、 貧富の差も、自己顕示欲のかたまりも、
何も感じられない。

ああ、ここは、いい。

朝な夕な、すれちがう人はみんな快活なあいさつをしてくれる。
みんなイキイキと働き、 5時になったら、ピタッと終わる。
夕刻の家々からこぼれる灯りとともに、 家族の笑い声が聞こえてくる。

まさに、オレにとっての理想郷だ。
オレは決めた。ここに永住する。
ハロー、ストレスのない世界よ!

■「差」のない世界

ニッコリ国滞在、3日目。 何だろう、この気持ち。
こう言っちゃ失礼かもしれないが、みんな鈍感すぎるように思う。
ちょっとした不条理も、不条理と感じない。
たとえば、服装。
制服でもないのに、みんな判で押したように全く同じファッション。

持ち物も、読む本も。
人と話しても、主義主張もなければ、欲望もない。
誰と話しても、まったく同じような内容。

オレがオレである意味が、分からなくなってきた。
つまらない。
正直、オレは、飽きてきた。

■異変

ニッコリ国、滞在5日目。
7階建ての会社の床に、異変を感じた。
いくら気抜けしても、オレは「ビルのお医者さん」。
ちょっと調べれば、このビルが危険なことが分かる。
重大な欠陥。
あぶない。
このままでは、近々、崩壊する。

オレはそれとなく、上司に報告してみた。
案の定、答えはこうだ。
「大丈夫、大丈夫。問題ない。 それに形あるものは、いつかは壊れるもんだよ。ははは。」

オレはちょっと怖くなってきた。
この国は「不安や不満がない」と思っていたのだが、
じつは「不安や不満」という感情を消されているのだ。

■平和の代償

悲劇は、7日目の朝におこった。 ビル崩壊。
少なくとも200人をこえる犠牲者が出たであろう。
オレはたまたま、外回りに出かけていたから、惨劇を免れた。

国じゅうが悲嘆にくれるだろう。
国じゅうが、社会の大きな問題に気づくであろう。
国じゅうが、不安や悲しみ、怒りの感情を覚えるであろう。

だが、予想とはまったく違っていた。
「命あるものは、いつか死ぬ運命にあるよ」と、
国民がすべてニコニコしているのだ。

わぁ~~~っ!!!

オレは、ありったけの大声をあげ、絶叫した。
そして、目覚めた。 夢か…。

■「不」のある現実

現実の世界は、相変わらずだった。

不平、不満、不安、不快…。
まさに「不」のオンパレードだ。
やっぱり町ゆく人々は、 苦々しい顔、ふくれっ面、イライラした表情。

オレは嬉しくなった。
だって。
オレの仕事、みんなの「不安」を払拭したり、
「不幸」を未然に防いだりする仕事なんだから。
目の前の人を喜ばせるような仕事じゃないけど、
人の知らないところで、人を守っているんだぜ。

人を悲しい想い、つらい思いにさせるもんか。と。
そう思うと、おのずと仕事に熱がはいった。

そんなオレを見て、ボスが声をかけてきた。
「珍しい、君がそんなに仕事に精を出すなんて。
何かおかしな夢でも見てるのかな?」

【解説:自戒の念をこめて】

不平、不満をいう人。 不安症。 不幸や不運をなげく人。
世の中「ちょっとイヤだな~」がいっぱいです。

対して、ニッコリ国。
こちらは「不平・不満」のない世界。
誰もが平等で、画一的で、「差」という概念もなく、
一見すると、満ち足りた理想郷のように思います。

ものがたりの「現実」と「ニッコリ国」の対比は、
欲望のある世界と、ない世界の対比です。

「欲望」という言葉にどんなイメージがありますか?

今、ボクたちは豊かな世界に生きています。
なのに、常に「欠乏感」をかかえています。
「ちょっとイヤだな~」と思うことや、
「もっともっと」と思うこと…。

「欲望」は、一般的には「ネガティブな感情」と捉えられます。

でもまぎれもなく「欲望」がボクたちの行動を促します。
「欲望」や「欠乏感」が、さまざまな産業を支えます。
そして、この「欲望」こそがクリエイティブの原動力になります。

毒にも薬にもなる「欲望」。
どうつきあっていくべきでしょう?

「欲望」の感情を否定して、 精神性でコントロールしようとすると、
どうにもスピリチュアルな考え方になってしまいがちです。
ニッコリ国は、ちょっぴりそんな気配がありますね。

また、「欲望」を力で勝ち取ろうとすると、 争いやいざこざに発展します。

一方、「欲望」の感情をコントロールできず、
自分本位で考え、 ついつい不平、不満、不幸自慢してしまう人。
これでは、人に依存するクセがついてしまいます。

対して、 「欲望」を社会で共有し、課題としてかかげ、
解決していくことが「デザイン的な思考」です。
創造性をもって、「欲望」を「豊かな社会の原動力」にするのが、
デザインというお仕事です。

ボクらのデザインの世界では、 「イヤだな~」と思うことに鈍感だと、
それは、仕事ができない人だと見なされます。

ボクもニコニコしながら、
結構ネガティブなことを言ってると思います(笑)。

もしも「ついついイヤなことばかり目につく」という人、
もしかしたら、デザイナーの資質があるかもしれませんね。

(完)

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